その他

再びN響(プロムシュテット指揮)

今日は職場を早く出られたので、先週と同じく、NHKホールでブロムシュテット指揮のN響コンサート(19:00開始)に行ってきました。今日の演目は、

・シベリウス/交響詩「4つの伝説」作品22から「トゥオネラの白鳥」
・シベリウス/交響詩「タピオラ」作品112
・シベリウス/交響曲 第2番 ニ長調 作品43

と、シベリウスづくしでした。交響曲第2番目当てでしたけど、やはりCDで聞くよりも、生演奏を聞くほうが感動が深いです。相変わらず、ブロムシュテットは80歳とは思えぬ元気ぶりでしたw

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北斎展@江戸東京博物館

前売りチケットを持っていたので、見に行ってきました。一昨年だったか、上野の国立博物館で北斎展が開催された時に入口まで行ったのですが、入場1時間待ちと聞いて諦めたことがあったので、今回の北斎展を見に行こうと思っていたわけです。とはいえ、非常に楽しみな気持ちであったわけでもなく、早く行かないと終わってしまう(開催は1月27日まで)ので、今日行ったのですが、結果として十分に楽しめました。

北斎はもちろん『富嶽三十六景』をはじめとする浮世絵が有名なわけで、『神奈川沖浪裏』とか『凱風快晴(赤富士)』など有名なものも展示されていたのを目の前で見られたのですが、そればかりでなく、今回の展示では肉筆画や北斎漫画(絵本)なども展示されていました。肉筆画は、同じような構図のものも多かったですが、浮世絵と比べると、やはりきめ細やかで、色遣いも多く、明るい印象を受けました。また、北斎の描いた美人画や、普通?の日本画も展示されていました。当然のことながら上手いのですが、浮世絵の印象があるので意外な一面を知りました。まあ生首の絵にはびっくりしましたが。それと、終りのほうに『北斎漫画』が展示されていましたが、実にいろいろなものがあって、吹き出しそうになってしまうコミカルなものもありました。

北斎の絵で、全体として印象に残ったのは、躍動感です。北斎等の浮世絵が印象派に影響を与えたことは知識としては知っていましたが、当時19世紀前半の西洋画を思い起こして比べると、明るい色遣いに加え、多少デフォルメしつつも、今にも人物等が動き出しそうな、いやすでに動いているようなそんな印象を与えます。最後に展示されていた、北斎漫画(例えば、踊独稽古)は、リアルに動作をつかんでいたように思えました。いや、北斎というのは凄い才能を持っていたのだなあと思いました。ただ、そんな彼も西洋画をかなり勉強していたのですね(展示で初めて知りましたが)。

かなり印象を受けたので、出口を出てすぐのところで売っていた北斎展の公式カタログを2500円出して買ってしまいました。

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久しぶりにN響に

このブログを書くのも1月半ぶりですが(w、それ以上に今日は久しぶりにN響(というかコンサート)@NHKホールを聞きにいきました。今日は、ブロムシュテット指揮で、

・モーツァルト/交響曲 第38番 ニ長調 K.504「プラハ」
・ブルックナー/交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンチック」(ノヴァーク版 1878/80年)

でした。演奏のことを評価する能力は当方にはないんですが、ブルックナーは楽しめました。ブロムシュテットのことはあまり良く知らないのですが、80歳とは思えないほど元気でしたね。結構ネット上での評価もよいようなので、今度CDでも買ってみようか。あと、時期的なものかもしれませんが、観客の咳が多くて気になりましたね。

帰宅後、テレビをつらつら見ていたら、「NHK特集 最強ウイルス第1夜 ドラマ 感染爆発~パンデミックフルー」にはまってしまった。ウイルスの脅威はもちろんですが、むしろ危機への対処の方により関心が惹かれます。ドラマのため、ある意味「最悪シナリオ」を描いていると思われるので、対処も小田原評定っぽく演出されていましたが、それでもいざという時に”超法規的な”対処できるか、という点は重要な論点だろうと思います。むろんそのようなことのないように日頃から準備しておくべきであって、それが最も重要なのでしょうが。

            

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夏目漱石展

ブログへの書き込みは久しぶりになってしまいました。10月からずっと風邪をひいて1か月くらい治らず、最近ようやく治ったかなあとおもったら、昨日また鼻水がタラーっと止まらなくなってしまいましたた。かなり寝たこともあって今日はだいたい治まったかといったところ。

それはともかく、江戸東京博物館で開催されていた夏目漱石展の最終日に行ってきました。ちょっと見ておきたいと思っていましたが、最近、今日が最終日だということを知り、慌てて行ってきました。

入場料がこの特別展だけで1100円というのは高いと思いましたが、払って会場へ。最終日の休日ということもあってでしょうか、結構な数の人がいました。

夏目漱石(本名:夏目金之助)について詳しく知っていたわけではありませんが、年表をメモ的に書くと以下のとおり。

1867年(慶応3年)夏目家五男とて生まれる(年齢は明治の年号と同じとなるのでわかりやすい)
第一中学正則科中退→二松学舎→大学予備門(いったん病気で落第)→東京帝国大学
神経衰弱(円覚寺へ)→松山で愛媛県尋常中学校教員、正岡子規と同居。
1896年(明治29年):熊本の第五高等学校教員。鏡子と結婚。
1900年(明治33年)~1903年(明治36年) 文部省から2年間の英国留学を命じられる(英文学)。留学費1800円+年棒300円が支給される。英国留学は船で1900年9月8日~10月28日。留学中に子規が死去。
1903年帰国、東京帝国大学と第一高等学校にて講師。華厳の滝に身を投げた一高生藤村操を、死の3日前に2度予習をしなかったことを叱責。以後、このことを気に病む。このころ千駄木「猫の家」に居住。
1907年 朝日新聞社入社。「虞美人草」を連載。評判になったらしい。
1910年 修善寺の大患。
1916年 漱石山房(旧牛込区)にて死去。四十九歳。

展示を見て気になったポイント。
・大学予備門時代の書き込みや試験(数学)の答案が英語で書かれていた。当時として当たり前だったのだろうが、英語で講義されていたということ。
・第五高等学校での英語の授業内容は結構レベル高いような感じ。Edmond BurkeのReflections on the Revolution in France(フランス革命の省察)を使用していた。
・英国留学時代に購入した英文の書物が多数展示されていた。漱石が書き込みをしている。そのなかにThus spake Zarathustra(ツルツァストラはかく語りき)があり、「多くの書き込みがあり、共感と反発が示されていた」旨の説明あり。
・「虞美人草」に登場(イルミネーション)する東京勧業博覧会は上野の森で開催されていたこと。博覧会は結構な人気だったらしい。
・漱石の写真で最もよく使われるもの(スーツ姿で椅子にすわり、首をやや右に傾け、右手で頭を支えているようなもの)は、明治天皇崩御の際に喪章をつけた時のものであること
・漱石が死ぬ直前の病床の写真が展示されていた。朝日新聞がマグネシウムをたかずに漱石に気づかれないように撮影したもの。当時、写真を撮ると病気が治るの説も信じられていたらしい。

ひとまず。

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映画「Sicko」

今日夕方、渋谷にてマイケル・ムーア監督の映画「Sicko」を見た。米国の医療保険制度の問題を扱った作品。Yahoo! Japanからの引用だが、

ドキュメンタリー監督マイケル・ムーアが、4700万人の無保険者だけではなく、保険料を支払っている数百人にもマイナスの影響を及ぼすアメリカの医療シ ステムの実態を明らかにする。カナダ、イギリス、フランスを訪れ、国民全員が無料医療の恩恵を受ける国の事情を見つめながら、アメリカの混乱した医療制度 を浮き彫りにしていく。

米国の医療保険の問題点は認識はされていて、かつて(映画にも出てくるが)クリントン政権時にヒラリークリントン女史をヘッドに取り組んで失敗した経緯がある。この映画は無保険者の問題というよりも、医療保険に加入しているにも関わらず、保険会社が利益のために加入者に保険金を出すのを拒否し、このため多くの一般のアメリカ人が満足な治療を受けられない実態が中心に描かれている。そして、カナダ、英国、フランス、そしてキューバ(!)で、医療がほぼ無料でカバーされる国民皆保険制度を紹介し、それらの国が米国よりも平均寿命が長く、国民からの満足度が高いことを示している。

無論、こうした議論は一面的との批判は可能である。米国の医療技術が最高であるといわれており、他方で、皆保険制度は必然的に普段から国民の負担を増やす。社会的選択の問題である。

また、映画は、ニクソン、レーガン、ブッシュ親子と歴代の共和党政権、その他主として共和党の政治家を、現在の米国の制度(というよりは保険会社といったほうがよいか)をサポートする人間として描いている。他方、ヒラリーは肯定的に扱われている(ただし、改革挫折後は保険会社からの献金が多くなり、この問題に沈黙するようになったとしており、民主党なので明示的には批判しないものの、否定的なトーンを出しているといえる)。来年の大統領選挙を控えて選挙戦がすでに始まっている現状を捉えれば、明らかに選挙を意識した(ムーア流の反共和党)キャンペーンといえるだろう。

このような意味でこの映画が問題を公平に扱っている、と考えるのは早計であろう。

とはいえ、映画を見て、実際に保険会社から拒絶されるたくさんの人々の姿を見ると、やはり米国の医療保険制度が大きな問題を抱えているのは否定できない。ムーア映画が気に入らない人は気に入らないだろうが、映画監督としてムーアの一般大衆へこうした社会問題についてアピールする仕方は上手いと思う。正確な言い方は覚えていないが、映画の最後の方で、ムーア監督が「自分のこと(me)だけでなく、われわれ(we)を考えよう」というようなことを言っていたのが印象的である。

Yahoo! Japanのこの映画のコメント欄を見ると「アメリカのことを見て何か意味あるのか?」というコメントもあるが、おそらく意味は大きい。国民皆保険制度が何でもよいわけではないだろうし、米国の制度も医療保険制度の一つのあり方である。そうした選択肢のどちらがよいのか、ということは医療費が年々増加している日本にとっても大変重要な問題である。そうしたことの材料の一つ(あくまで一つだが)を提供してくれる、意味のある映画である。

ちなみに、こうした社会派的な映画であり、渋谷という土地柄ではあったが、(最近公開され多少は話題になっているということか)、客席は半分くらいは埋まっていた。これを多いと見るか、少ないと見るか。

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映画「選挙」

映画「選挙(Campaign)」を見てきた。川崎市議会議員補欠選挙(平成17年10月)の選挙戦を、一人の候補者(山内和彦氏)に密着して撮影したドキュメンタリー映画である。ベルリン映画祭で大きな反響があったことが報道され、前々から面白うそうだとおもっていたが、東京での上映(渋谷のシアター・イメージフォーラム)が今日(17日)が最終日だというのを昨日知り、あわてて見てきた。

2時間の映画だったが、面白くてずっと飽きなかった。自分は実際に選挙運動にタッチしたことなどこれっぽちもない人間だが、内容(実際の選挙活動)はほとんど予想に違わぬものであった。

冒頭は、夕方暗い中を一人(プラスもうひとり)だけで宮前平駅にポスターと旗をたててマイクで演説するというもの(おそらく公示前)。誰も立ち止まって聞かない。そもそも山内氏は自分の名前(と自民党と小泉総理と「改革」)しか言わない。

はじめのうちは山内氏一人だけが活動する姿だけが映し出されるが、選挙公示が近くなると、次第に組織による選挙戦の様相が強くなる。お決まりの、マイクを使った演説に加え、運動会、ゲートボール大会、支持団体(例:JA)回りなどが映しだされる。この際、地元の国会議員(やまぎわ大志郎衆議院議員)、県会議員(持田)、市会議員(浅野等)が、それこそつきっきりで山内候補をサポートしていたのが印象的。この選挙は補選であり、市会議員が18対18で拮抗する中での選挙戦であるので、これだけの手厚いサポートがあったのだが、それでも代議士がべったり付き添っていたのはある意味驚きであった。もちろん小選挙区制になり、地元との密着度が高まっているという事情はあるのだが。

この補選は、参議院選挙の補選(川口順子元外相が出ていた)、川崎市長選挙と同時に行われたこともあり、有名どころの国会議員も多数選挙応援のために現れる。小泉総理(当時。中選挙区制のときは神奈川二区ということで川崎は地元であった)を初め、荻原健司、橋本聖子、石原伸晃といった国会議員たちが山内氏の応援に出てくる。

それはともかく、選挙戦は選挙カー(「宣車」と呼んでいるようだ)での連呼と街頭での演説(といってもこれも名前の連呼)と握手が基本。とにかく奥さんまで選挙カーに乗せてマイクで名前を連呼しつづける。

こうした表に出てくる部分は、まあわれわれも普段見ているもの。やはりこのドキュメンタリー映画の見所は、表には出てこないような事務所でのリアルな会話や、家族(この場合奥さん)や友人とのリアルな会話などがそのまま映像に撮られていることであろう。

この映画を書いたネット記事等に書いてあることだが、
・この世界では、奥さんのことは、「妻(wife)」といわず、「家内(housewife)」といったほうがよいこと(この映画をみた外国人には日本の保守性、女性の地位の低さが印象付けられているだろう)
・(演説等で)自分の名前は3秒に一回出てくるようにすべきこと(3秒しか人は他人がいったことが頭に残らないから)。
・(仕事をしている)奥さんが(たぶん選挙事務所の人に)仕事をやめるように言われたこと(選挙は夫婦一体となってフルにやらないといけない、という趣旨だろうと思う)。これに対して奥さんがブチ切れていた。山内候補も「やめる必要はない」。
・あと、握手したあとにその人の顔を必ず見ろ、とか、時間は無駄にするなとか、素人の山内候補に対するプロたちのいろいろな「アドバイス」「知恵」も出てきた。30分早く会場にきたために、事務所の人から山内候補が怒られている場面もあった(本当はもっとたくさんあったのだろうが)。

ベルリン映画祭では、政策内容をほとんど語らない日本の選挙に外国人が驚き、という記事があったかと思う。また、こうした日本の選挙の実態に疑問を投げかける意見もネットで見つかる。しかし、現実問題として、名前を連呼したり、握手をしたり、諸団体を回ったりしたほうが選挙に強い(つまり、そうしたほうが票をとれる)というのが日本の選挙の現実である(少なくともこれまでは)なのだから、それに文句を言っても仕方ないであろう。

それから、事務所で働いていた中年の女性(確か自民党員)が、自分の建物を選挙事務所に貸しているようなのだが、場所が良いので、共産党から貸してくれといわれて貸したところ、あとで党本部を通じて怒られた、というエピソードが出てくる。また、同じく、連立与党である公明党の支持者から、公明党新聞(公明新聞のことだろう)をタダでよい(代金は自分が払う)のでとってくれ、というのもあった。
 あと、今回は補選かつ落下傘の新人候補ということもあり、今回限りということで同じ地盤の市会議員(およびその支持者)からも支援を受けていることも映されていた。選挙ではその時その時の貸し借りがあることが分かる。

こうした話が完全に実名でぽんぽんと出てくる。何をいいたいかというと、思っている以上に選挙活動というのはオープンなのだ、ということである。本当はもっと流せないようなことも話しているはずだし、他の某党ではこんなに開かれているわけは絶対にない、また、(これは憶測だが)地方の選挙は(それこそ実弾が飛び交うような世界で)これほどオープンに第三者に見せられないはずである。とはいえ、それでも、この映画に登場した人たちが、本当に生の発言、活動を見せ、映像に残すことを認めてくれたことは、大変にすばらしいことであると思う。もっとも、あとで本人たちは怒っているかもしれない。特に、山内氏が市会議員を続けなかったから一層その念はあるかもしれない。

とはいえ、結果として、山内候補は1000票差で当選する。(山内15000票強、民主党候補14000票強)。当選が決まったときの、事務所内の関係者のなんとも感動のない、あっさりした様子が逆に印象的であった。声になっていたわけではないが、「あ、とおったの」という感じ。所詮、市会議員の選挙、しかも落下傘候補の選挙なんて、そんなものなのかもしれないが・・・。候補者本人が事務所にやってきてお礼の挨拶をしているのを聞くと、本人と奥さんは心から感動していたように思う(もっとも、万歳三唱のときに、本人と奥さんまで万歳しちゃいけないのでは?TVなどで見る限りは深くお辞儀するんじゃないのかなあ、と思ったりして)。

いずれにせよ、見ておいて良かった映画である。素人である山内氏のキャラクターもあるのだろう、この映画を見た人には山内候補にはなんとなく親しみは持てるという人も多かったのではないだろうか(それと、映画を見れば「山内和彦」という名前はいやでも覚える)。もっとも、彼は今年の統一地方選挙の際には出馬せず、自動的に議員の職を失ったそうだ。

とはいえ、こうした選挙のやり方については、(現実にこれで票がとれてきたとはいえ)違和感を覚える人が多いのも確かだろう。山内候補は当選するが、この補選は例の郵政解散の直後の選挙であり、自民党小泉政権が圧倒的に強かった時期だから、1000票差の勝利は自民党にとっては苦戦だったといえるかもしれないう。新興住宅街が多い地域 であり、自民党を支える固定票が少ない、というのはあるだろうが、それにしても、自民党、あるいは映画で出てきた様々な従来的選挙手法の効果というのが弱 まっていることが示されていたのでは、と思った。もっとも、参院選の結果を知っているから余計そう思うのだろうが。

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