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書評:改めて「すごい製造業」(中沢孝夫著、朝日新書)について

この本については、以前書評をこのブログで書き、それとほぼ同じものをAmazonのカスタマーレビューに書いた。あまりに安易に日本の製造業を礼賛するばかりの文章で、辟易して、少々怒りをこめて書いたのだが、さきほどAmazonのレビューをみたら、10人中このレビューが参考になった人は0人(!)ということが判明した。

 

まあ、上記のごとくで、割と粗雑に書いてしまった文章であるので、今にして思えば、参考になると思う人が少なくても仕方がないとは思うのだが、本書については他に2つのレビューが載っていて、それらがともに★5つをつけているのには、正直いって驚いている(しかも、これらレビューを参考にしたと評価した人ばかりである)。

 

それを引用させていただくと、一つ目は、

 
   

売れ行きが好評なようでうれしい。それだけ関心が高い主題を扱ったということだからだ。と同時に、製造業の中でリーダー的な立場にある企業の事例を散りばめて自社の取り組みに参考になると思えるから購入するのだろう。本書をどう生かすかは、読者の器量と努力にある。日本には「すごい製造業」がまだまだたくさんある。ただし、それらの企業が東アジアの企業と連携して国内の企業成果が上がっていることも忘れてはなるまい。      
日本の製造業のすごさを人材育成力にみる著者の視点は正しい。      
(中略)

   

『日本は没落する』とかいった本がベストセラーになり、カスタマーレビューも多く寄せられているような風潮は転換させる必要がある。

 

というもの。もう一つは、

 
   

製造業、とりわけ中小のものづくり企業は地味である。ソフト系、情報系の会社や一部のサービス業とは対照的だ。しかし、華やかな会社に就職すれば活躍できるとはかぎらない。まして、そこで働くことが幸せだという保証はない。本書は、地味だけれどもやりがいのある中小製造業の魅力を余すところなく伝えてくれる。      
ものづくりに関する本の多くは経営学者によって書かれたものである。それに対して本書は、現場を知り尽くした評論家であり学者でもある著者によって書かれたものであり、行間には著者の直感的な理解や深い洞察があふれている。

 

というもの。

 

これを読んで、再び頭を抱えてしまった。なぜこんなべた褒めの言葉を臆面もなく書けるのだろう?正直にいって、大変心配な気分になった。

 

評価の根拠については、以前の書評にはちゃんと書かなかったので、今回書いておこうと思う。

 

まず、これは前の書評でも書いたつもりだが、私は、本書に書かれているような、日本において多くの製造業の現場に強みがあることを否定するつもりはない(人材育成を含めて)。ただ、日本の製造業の現場の強さ(中小企業における強さを含む)については、何もこの本によらなくても既に知られていることであって、別に本書に高評価を与える理由にはならない。本書に書いてある例を知っていたわけではないが、これだけで本書に星5つを付けるほどのものとは思えなかった。

 

それよりも本書で非常に問題だと思うのは、一部の現場を取り上げるだけで、「日本はこんなすぐれた現場があるから大丈夫なんだ」という安直な楽観論を、具体的な根拠もなく本書全体を通じて語っていることである。 これは論理性が欠如しているだけでなく、現在の日本の問題を覆い隠そうとするものである。

 

まず、論理的にいえば、日本のある製造業の現場をみてこれは凄いというものがあったとする。しかし、日本には、これ以外に、すごくない製造業の現場もたくさんあるだろう(少なくとも論理的にはありうる)し、サービス業の業務もある。したがって、日本全体として現場がすごい、という命題は、本書から読み取ることは不可能である。また「現場が凄いこと=日本が大丈夫」という命題を理由もなしに説明されている。これでは、論理もへったくれもあったものではない。前の書評では「牽強付会」と書いたが、それはこのようなことを指している。「すごい製造業」という一部のミクロの事象をみて、大きな日本全体のマクロの事象の将来を語っているからだ。これは論理として致命的な欠落ある議論といわざるを得ない。大学教員がこのようなずさんな論理を展開してよいのだろうか?

 

また、現実に、日本の民間部門は少しも大丈夫だと安心できる状況にはない。現在の日本経済が直面している生産性の低さという、数字に裏付けられた現実を著者はどう考えているのだろうか。日本の生産性は他の先進諸国に比べて著しく低く低迷しており、特に、本書で扱っている製造業よりもサービス業の生産性が低い(先進国ではGDPの中でサービス業の比重が高まるのが通常であり、日本もその例外ではない)。「生産性が低い」ということは、経済成長率が低くなる、ということである。サービス業の比重が高まらざるをえない今、生産性の低い現状が問題でない訳はない。日本として深刻に考える時期にあるのだ。そうした時に、「製造業があるから日本の将来は大丈夫だ」という言説を聞かされてもまったくのピントはずれの議論にしか聞こえないだろう。著者のいう「すごい製造業」は日本に存在しているが、それは以前から存在しているのだが、それは問題の解決になっていないのである。劣った製造業の現場、サービス業の現場等がむしろ沢山あるはずで、そこには目をつむって、見栄えのよい所だけを語って日本全体について楽観できるという議論を振りまくというのは、明らかに偏っているし、読者に重要な問題を覆い隠すものではないか。

 

要するに、こうした状況にあって、本書のような根拠のない楽観論を振りまくのは、拠り所を求めたい人々を安心するだけにとどまり、むしろ問題を隠す働きをしてしまう。その意味で、大いに警戒すべき議論なのだ。

 

以上から、本書の評価が低いのはやむを得ない。すぐれた現場を紹介することに意味はないわけではないであろうが、本書はそこで終わるべきであった。また、そこにとどまらず、問題の多い現場、サービス業、そうした分野について目をつむらずに書くべきであった。しかし、著者は「日本は大丈夫」という、まったく安易で偏った楽観論を振りまいている。

 

著者は、大学教員である。大学教員たる者が、自分の「信念」ばかりをを語り、論理性の欠いた根拠のない日本楽観論を振りまくのはいかがなものか。また、本書に好意的なレビューをする人々は、安逸な気分に浸りたい人たちなのか。私は日本没落論を支持する者ではないが、日本楽観論も支持しない。著者やレビューワには猛省を求めたい気分である。

 

##Amazonの書評のほうも修正しました。

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