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前回、否決された国会同意人事(昭和26年)

日銀総裁・副総裁の国会同意人事について、昨日、参議院が否決したが、これは1951年に電波監理委員会委員の人事を参議院が不同意として以来56年ぶりとの報道があった。そこで、この1951年の不同意はどのようなものだったか興味本位で調べてみた。

  

当時の参議院の本会議の議事録は、次のものである。

  
   

第010回国会 本会議 第50号      
昭和二十六年五月三十一日(木曜日)      
午前十一時十六分開議      
━━━━━━━━━━━━━

    

(中略)

    

一昨二十九日、内閣総理大臣から、電波監理理委員会設置法第六條第一項の規定により、上村伸一君を電波監理委員会委員に任命することについて、本院の同意を求めて参りました。本件に関し、議長は、あらかじめこれを議院運営委員会に諮りましたところ、同委員会においては同意しない旨の決定がございました。これより本件の採決をいたします。本件に関し同意を與えることに賛成の諸君の起立を求めます。      
〔起立者少数〕      
○議長(佐藤尚武君) 少数と認めます。よつて本件は同意を與えないことに決定いたしました。

  

その前年の昭和25年(1950年)5月2日の第7回国会の参議院本会議議事録を見ると、上村氏は他の委員とともに同意を得ているので、翌年に人事不同意になるまでの1年は電波監理委員会の委員であった。

  

この前日の昭和25年5月1日に行われた第7回国会の参議院議院運営委員会の議事録によると、この上村氏は行政官であったとある(ちなみに、説明者の小沢佐重喜氏は、当時の吉田茂内閣の郵政大臣兼電気通信大臣で、現民主党党首小沢一郎氏の実父である)。

  
   

○国務大臣(小澤佐重喜君)先ず電波監理委員会から考えますと、いわゆる公正妥当な委員会の審議振りを期待いたしまして、各部門から專門の、或いは良識ある方をお願いしたつもりであります。即ちこの七名の委員の選考に当りましては、先ず文化方面から一人、一般行政面から二人、それから産業方面から一人、電波行政及び科学技術面から一人、一般科学技術面から一人、法曹界関係から一人、こういうような線を分けまして、このうちに当嵌るような人を挙げたつもりであります。委員長の富安さんは、いわゆる文化関係という意味で御推薦を申上げたのであります。それから上村伸一君と瀬川昌邦君は一般行政面という関係で御推薦申上げました。(後略)

  

この上村伸一氏は、実は、外交官である。再び昭和26年の第10回国会の参議院議院運営委員会(上述本会議前日の5月30日)の議事録を見ると、次のとおり政府(岡崎勝男官房長官)から説明があった。

  
   

○政府委員(岡崎勝男君) 電波監理委員会委員上村伸一君は、来たる五月三十一日任期満了となりますので、同君を再び同委員に任命いたしたく、電波監理委員会設置法第六条第一項の規定によりまして、両院の同意を求めるために本件を提出いたします。      
上村君は、大学卒業後外務省に入り外交官として欧米諸国及び中華民国に在勤し、外務省政務局長特命全権公使等を経て昭和二十四年三月官を辞したものでありまして、二十有余年に亘る外交官としての経歴は、海外事情に通ずる有識者として昨年任期一年の委員に任命されたものであります。同委員会委員として我が国無線事業の向上発展に多大の寄与をいたして来たものでありますので、今回同君を同委員会委員として最適任と考え、両院の御同意を求めるために本件を提出いたした次第であります。

  

臨時在英大使などを務める等しており、同じく元外交官であった吉田茂首相(当時)との関係(上村は外務省で吉田の後輩に当たる)で任命されたのかもしれない。

  

この日の議事録を更に読むと、電波監理委員会が設置されたのが上述の昭和25年で、7人の委員それぞれの人気を1年ずつずらしていたことが分かる。上村氏の場合は、その中で1番短い1年間の任期であったので、このため翌26年に改めて国会の同意を得ることになったようである。

  

さて、否決された理由だが、翌31日に開催された同じく議院運営委員会の議事録を見ると、

  
   

○鈴木清一君 その前にちよつとお尋ねしたいのですが、官房長官の今のお話でですね、政府のいわゆる総理が権利を持つておる、非常に選択ということに責任を持つと、こういうことを承わつております。聞くところによりますと、例えばまあこう出して来ておられます上村さんの問題にしても、この間何かアメリカのほうに行つておられるというようなことを聞いておりますけれども、任期を控えてそういうところに行つて、而も任期がなくなるということを承知の上に海外に出張さしておる。そういうことをさしておるということは、勿論総理大臣としては絶対的の信頼があるからこそそういうこともさしたのでしようけれども、併しそうだとすると、国会の任期を承認を求めるときに当つて、本人が任期を終つて任期中の仕事としてわきに行つておられるということになりますと、非常に話がおかしいのですが、この点については官房長官どういうふうにお思いでしようか。

    

○政府委員(岡崎勝男君) これはそういう点も考えまして電波監理委員会のほうでは五月三十一日までという期限を切つて出張命令を出しております。

    

○鈴木清一君 そうですが。わかりました。それでは採決を願います。

    

○委員長(山田佐一君) それでは採決をいたします。電波監理委員会委員任命につき同意を求めるの件を採決いたします。この同意を與えるというおかたの挙手を願います。      
〔挙手者少数〕

    

○委員長(山田佐一君) 少数であります。よつて……。

    

○事務総長(近籐英明君) 御参考までに申上げて置きますが、これは当委員会におきましては同意を與えるというかたが少数でございましたが、当委員会では同意を與えないという意思を決定されたのでございますが、この決定権はハウスにございますので、これはハウスの、つまり本会議にこれを上程いたしまして、これを本会議にお諮りいたすという、こういうことになるわけでございます。その点御了承願います。(「了解」と呼ぶ者あり)

  

つまり、上村氏は、任期が昭和26年5月31日、すなわち、この議院運営委員会(そして冒頭引用した本会議)の開催された日までだったが、この日までアメリカに海外出張をしていて不在であった、これがどうも議院運営委員会の多くの議員の気に障るところとなり、採決をとったところ同意への反対票が多数を占めた、ということのようである(議事録からは、他に上村氏に問題があることを主張するような発言は見当たらなかった)。もちろん、これが本当の否決の理由なのか、それとも海外出張を理由にした政治的な動き(例えば、吉田内閣のやり方に反対したいという意向)の結果なのかはよく分からない。ただ、同時にNHKの経営委員会委員の任命については、全員一致で賛成となっており、後者の線は薄いような気がする。前者が不同意の理由ならば、なんとも間抜けな話である。ただ、こうした議会の対応を現在と比較すると、当時は議事運営がほのぼのと行われていた時代であったのだなとも思う。

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