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書評:「昭和天皇」(原武史著、岩波新書)

昭和天皇 (岩波新書 新赤版 1111) 昭和天皇 (岩波新書 新赤版 1111)

著者:原 武史
販売元:岩波書店
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本書は、「お濠の内側」で行われる宮中祭祀の観点を中心に、昭和天皇像を描き出そうとするものである。

 

そこに主に示されるのは、一時期のブレはあるとはいえ、戦前・戦中・戦後を通じて、(著者によれば「創られた伝統」にすぎない)宮中祭祀に重きを置き、皇祖神に祈ってきた昭和天皇の姿である。それは、単に、真面目さとして片づけられるものではなく、東宮御学問所における杉浦重剛らによる教育の影響とともに、(神がかり的で「神罰」を恐れるで)実母である皇太后(貞明皇后)との間の(確執ともいえる)関係にとらわれたことの影響があったことが示される。そして、太平洋戦争中は勝利を神に祈り、終結においても「三種の神器」を守ることを第一とし、戦後も、先の戦争に関して平和の神である伊勢神宮に戦勝を祈願したことの過ちについては謝罪した、そのことが戦後も宮中祭祀にこだわった理由の一つであった、と昭和天皇の行動を皇祖神への姿勢との関わりから説明している。

 

私は政治・外交(=お濠の外側)の視点ばかりから昭和史の本を読んできたが、そこに示される立憲君主としての昭和天皇とは違った姿が示されていて、一気に読んだ。専門家等にとっては物足りない部分があるかもしれないが、一般の読者にとって大変興味深く読める本であると思う。本書は、昭和天皇の行動すべてを宮中祭祀で説明できるといっているわけではなく、昭和天皇の一面に光を当てるものにすぎない。決して馬鹿馬鹿しい内容ではなく、昭和天皇の発言などの史料に基づいたものである。もちろん、本書の内容は著者個人の解釈を免れるものではないが、そもそも利用できる史料が限られている以上、やむを得ないであろう。

 

ただ、若干の違和感も残る。著者は、昭和天皇の、戦中だけでなく戦後の発言について、神が第一で国民は二の次であった旨のフレーズを何度か繰り返し、最後に、日本国憲法の理念と矛盾する宮中祭祀を続ける今上天皇に触れ、「昭和は終わっていない」と言って本書を終えている。しかし、本書から受ける昭和天皇の姿は、置かれた環境に大きく影響された一人の個人の姿である。天皇が代わり平成になり20年が過ぎる今、著者の言うように「昭和は終わっていない」という問いはどこまで有効なのだろうか。

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