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書評:雨宮昭一「占領と改革」(岩波新書シリーズ日本近現代史⑦)

占領と改革 (岩波新書 新赤版 1048 シリーズ日本近現代史 7) 占領と改革 (岩波新書 新赤版 1048 シリーズ日本近現代史 7)

著者:雨宮 昭一
販売元:岩波書店
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岩波新書のシリーズ日本近現代史も本書で7冊目を迎え、戦後に突入した。同シリーズはどの本も勉強になる。 

本書の内容は、おおむね以下のとおりである。

 
       
  • 第二次世界大戦における日本の敗戦後の占領と改革の時代について、これまでは、「被占領国の下層の人々までが支持する成功した占領である」、「自由と平等と脱貧困の達成であった」、あるいは「占領改革で日本のすべてが変わった。日本の戦前・戦時に採るべきものは何もない。日本の戦時体制は連合国とは何の共通性もない。日本の主要な政党やリーダーはまったく古くて何も変えようとしなかった」というように語られたり、認識されてきた。本書は、本当にこれでよいのか、と問いかけ、これと別の語り方を提示するものである。
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  • 上で述べたような、占領政策が日本のすべてを変えた等のこれまでの語り方(著者はこれを「無条件降伏モデルのサクセスストーリーとしての語り方」と呼ぶ。J・ダワーの『敗北を抱きしめて』はその例)は、GHQなどの外から与えられたイメージによったり、経験と願望を投影する形で行われてきたものであり、社会全体の構造の変化に伴い、今日、部分的、主観的、恣意的に感じられるようになっている。戦後を持続した最も有力な力は国際体制レベルにおける戦勝国のシステムであるとの視点を持つなど、国際関係、政治、経済、法などのすべての領域のシステムが相互作用するものとみて戦後を見ていく必要がある。
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  • 上記のサクセスストーリーとしての語り方を相対化するため、(ア)占領によって「改革」されたといわれるものについて、戦後、戦時、敗戦直後にその契機があったのか、なかったのか、(イ)あったとすれば、「総力戦体制下での敗戦による変革」と「占領による変革」と明確に区別することによって、占領がなくても民主化を推進し得たか否かを検討する。
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  • まず、(1)社会に関しては、日本ではすでに総力戦体制(国家総動員体制)によって社会が変革されていたこと、、(2)政治に関しては、戦時中に、(a)国防国家派,(b) 社会国民主義派、(c)自由主義派、(d)反動派の4つの政治勢力があり、うち(a)(b)が総力戦体制の推進派、(c)(d)が反対派であったが、東条内閣総辞職において後者が勝利し、これによってはじめて敗戦(終戦)が可能となったこと、の2点は戦後の原点といえる(第1章)
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  • GHQの下で行われた改革のうち、婦人解放、労働組合結成奨励、農地改革等)については、総力戦体制の中で下地が作られてきており、占領がなくても実現しえただろう。また、教育改革については、日本でも臨戦期以前は自由主義的に行われておりその下地があったし、財閥解体については、軍国主義の温床の解体ということではなく、アメリカの独禁法の考え方を日本に適用したものであるといえる(第2章)。
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  • また、新憲法も、押しつけであることは否めない事実であり、占領という厳然たる戦争継続状態の中で敗戦国たる日本が受け入れなければならなかった形態であったことは認めなければならないが、主要政党や日本政府からの草案が(GHQのいったように)旧態依然で戦前の憲法と変わっていないということはなく、最も保守的な政党の草案ですら、明治憲法とは圧倒的に違う内容であり、日本人による自己変革は可能であった(第3章)。
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  • さらに、社会的あるいは政治的な指導者の戦後へ向けての動きも、昭和15年8月15日の敗戦や同年10月の人権指令を受けて始まったというのは一種の思い込みであって、実際にはそれ以前からすでに社会運動の指導者や政党は動き出していた(第4章)。
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  • 片山内閣・芦田内閣で政権についた「中道」(民主党、社会党、国民協同党など)の政策は、協同主義で、総力戦体制形成時の社会国民主義と共通しており、ニューディーラーたちが支配するGHQ民政局もこれを支持していた。他方、その次の第二次吉田内閣(自由党)は、自由主義者である。このような「自由主義と協同主義との対抗は、アメリカ国内、GHQ内の二つの傾向ともからむが、冷戦によって前者の勝利となる。これは反東条連合勝利の再版であった。」(p173)(第5章)。
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  • その後、共産主義を封じ込めるという米国の冷戦戦略に規定される国際体制の影響下で、日米安保体制が形成され、これを認めるのか否定するのか、改憲か護憲かをめぐって、「保守」対「革新」という形での五十五年体制が形成され、他方、経済においては民需中心の経済の展開される中ほとんどの政党が生産の近代化・効率化を主張していく。そこでは、中道内閣で見られたような福祉国家につながる協同主義等が封印されていき、「保守」たる自民党の中に自由主義と協同主義、政治的潮流でいえば、上で述べた(a)(b)(c)(d)のすべてが含まれていった。「冷戦が終わる時、保守も革新も分解を始めるだろう。」(p188) (第6章)。
 

歴史家ではない私にとって、本書は新鮮な見方を提示しているもののように思われる。それは何より、米国による占領よりも戦前と戦後の連続性を重視して、戦後直後の諸改革や政党政治をとらえていることである。

 

もちろん、野口悠紀夫の1940年体制論の見られるように、戦後の体制には総力戦体制に由来するものが多く残ってきた、という指摘はこれまでもあったし、また、政治勢力としても、岸信介のような革新官僚が「保守」政治家として政権を担ってきたことは周知の事実である。しかし、歴史を見るとき、どうしても1945年8月15日の前後で大きな断絶があって、戦後日本の体制の構築には占領軍による改革の影響が大きいものと思いがちである。

 

しかし、本書は、戦中の政治勢力の構図と彼らのその後の動向、そして彼らの主張を追うことによって、占領期の改革が、戦前・戦中から戦後への連続性の中に位置づけられることを明らかにしている。つまり、戦前・戦中から存在した「総力戦体制を支えた国防国家主義+社会国民主義」と「自由主義+反動派」の対立の構図は、戦後も引き続き政治の場で「協同主義」対「自由主義」の形で継続した。そして、前者の考え方は、アメリカのニューディーラー(GHQ民政局を主導)の考え方と近いものであって、占領期にGHQの下で行われたとされる多くの改革も、総力戦体制の流れの中でいずれ実現しえたものであったことが示されるのである。(なお、世で多く信じられている、『「戦前の専制主義・封建性」対「戦後の自由主義」』、「占領と改革による日本の成功」という思い込みは連合国の作り上げた言語空間であったと本書は主張する)。

 

この「協同主義」対「自由主義」の構図は、西欧では、「社会民主主義」政党と「自由主義」政党の対立の形で議会制において顕在化しているものであるが、日本では、これが、米国による国際秩序等の影響もあって、55年体制、すなわち「保守」(改憲・親米・安保体制支持)対「革新」(護憲・反米・安保体制反対)の構図に変質した。その結果、自由主義対協同主義の対立軸が顕在化せず、後者が保守長期政権に内包された。このことは、福祉国家あるいは大きな政府が保守政権の下で政策として実現されていったことの上手い説明となっている。

 

このように、本書は、これまで私にはよくわかりにくかった日本の戦後直後の占領期の政治や諸改革を、それ以前の戦前・戦中、そしてそれ以後の55年体制と連続するものとしてとらえており、昭和全体を通じた日本の歴史の理解に非常に役立つものであると思う。 (むろん、本書の語り方自体、雨宮氏の視点による相対的なものであることは前提として認識しなければならないが)。

 

もちろん、本書の意義はそれだけでないだろう。本書で著者が示すとおり、米国は、現在においても、イラクに見られるように、他国の占領と改革を行っているが、それを正当化する実例として、日本でのサクセスストーリーがあるのは間違いない。もちろん、イラクではこれがうまくいっていないことは万人の知るところであって、日本で成功したことについても、日本では占領前にもデモクラシーがあった等、条件がそろっていたことを指摘する米国人も多い。その意味で、しばしば米国で見られる、占領と改革によってその後占領された国は成功するんだという正当化のロジックは無条件では成り立たないことを、本書は示しているといえる。

 

また、日本自身に関しても、かつて「自由主義」と対抗するものとして「協同主義」があったことを本書は「発掘」した。冷戦が終結した後の現在日本での政治空間においても、「自由主義」の対立軸として「協同主義」の可能性があることを、本書は指し示しているのではないだろうか。

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