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2008年1月

書評:雨宮昭一「占領と改革」(岩波新書シリーズ日本近現代史⑦)

占領と改革 (岩波新書 新赤版 1048 シリーズ日本近現代史 7) 占領と改革 (岩波新書 新赤版 1048 シリーズ日本近現代史 7)

著者:雨宮 昭一
販売元:岩波書店
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岩波新書のシリーズ日本近現代史も本書で7冊目を迎え、戦後に突入した。同シリーズはどの本も勉強になる。 

本書の内容は、おおむね以下のとおりである。

 
       
  • 第二次世界大戦における日本の敗戦後の占領と改革の時代について、これまでは、「被占領国の下層の人々までが支持する成功した占領である」、「自由と平等と脱貧困の達成であった」、あるいは「占領改革で日本のすべてが変わった。日本の戦前・戦時に採るべきものは何もない。日本の戦時体制は連合国とは何の共通性もない。日本の主要な政党やリーダーはまったく古くて何も変えようとしなかった」というように語られたり、認識されてきた。本書は、本当にこれでよいのか、と問いかけ、これと別の語り方を提示するものである。
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  • 上で述べたような、占領政策が日本のすべてを変えた等のこれまでの語り方(著者はこれを「無条件降伏モデルのサクセスストーリーとしての語り方」と呼ぶ。J・ダワーの『敗北を抱きしめて』はその例)は、GHQなどの外から与えられたイメージによったり、経験と願望を投影する形で行われてきたものであり、社会全体の構造の変化に伴い、今日、部分的、主観的、恣意的に感じられるようになっている。戦後を持続した最も有力な力は国際体制レベルにおける戦勝国のシステムであるとの視点を持つなど、国際関係、政治、経済、法などのすべての領域のシステムが相互作用するものとみて戦後を見ていく必要がある。
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  • 上記のサクセスストーリーとしての語り方を相対化するため、(ア)占領によって「改革」されたといわれるものについて、戦後、戦時、敗戦直後にその契機があったのか、なかったのか、(イ)あったとすれば、「総力戦体制下での敗戦による変革」と「占領による変革」と明確に区別することによって、占領がなくても民主化を推進し得たか否かを検討する。
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  • まず、(1)社会に関しては、日本ではすでに総力戦体制(国家総動員体制)によって社会が変革されていたこと、、(2)政治に関しては、戦時中に、(a)国防国家派,(b) 社会国民主義派、(c)自由主義派、(d)反動派の4つの政治勢力があり、うち(a)(b)が総力戦体制の推進派、(c)(d)が反対派であったが、東条内閣総辞職において後者が勝利し、これによってはじめて敗戦(終戦)が可能となったこと、の2点は戦後の原点といえる(第1章)
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  • GHQの下で行われた改革のうち、婦人解放、労働組合結成奨励、農地改革等)については、総力戦体制の中で下地が作られてきており、占領がなくても実現しえただろう。また、教育改革については、日本でも臨戦期以前は自由主義的に行われておりその下地があったし、財閥解体については、軍国主義の温床の解体ということではなく、アメリカの独禁法の考え方を日本に適用したものであるといえる(第2章)。
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  • また、新憲法も、押しつけであることは否めない事実であり、占領という厳然たる戦争継続状態の中で敗戦国たる日本が受け入れなければならなかった形態であったことは認めなければならないが、主要政党や日本政府からの草案が(GHQのいったように)旧態依然で戦前の憲法と変わっていないということはなく、最も保守的な政党の草案ですら、明治憲法とは圧倒的に違う内容であり、日本人による自己変革は可能であった(第3章)。
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  • さらに、社会的あるいは政治的な指導者の戦後へ向けての動きも、昭和15年8月15日の敗戦や同年10月の人権指令を受けて始まったというのは一種の思い込みであって、実際にはそれ以前からすでに社会運動の指導者や政党は動き出していた(第4章)。
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  • 片山内閣・芦田内閣で政権についた「中道」(民主党、社会党、国民協同党など)の政策は、協同主義で、総力戦体制形成時の社会国民主義と共通しており、ニューディーラーたちが支配するGHQ民政局もこれを支持していた。他方、その次の第二次吉田内閣(自由党)は、自由主義者である。このような「自由主義と協同主義との対抗は、アメリカ国内、GHQ内の二つの傾向ともからむが、冷戦によって前者の勝利となる。これは反東条連合勝利の再版であった。」(p173)(第5章)。
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  • その後、共産主義を封じ込めるという米国の冷戦戦略に規定される国際体制の影響下で、日米安保体制が形成され、これを認めるのか否定するのか、改憲か護憲かをめぐって、「保守」対「革新」という形での五十五年体制が形成され、他方、経済においては民需中心の経済の展開される中ほとんどの政党が生産の近代化・効率化を主張していく。そこでは、中道内閣で見られたような福祉国家につながる協同主義等が封印されていき、「保守」たる自民党の中に自由主義と協同主義、政治的潮流でいえば、上で述べた(a)(b)(c)(d)のすべてが含まれていった。「冷戦が終わる時、保守も革新も分解を始めるだろう。」(p188) (第6章)。
 

歴史家ではない私にとって、本書は新鮮な見方を提示しているもののように思われる。それは何より、米国による占領よりも戦前と戦後の連続性を重視して、戦後直後の諸改革や政党政治をとらえていることである。

 

もちろん、野口悠紀夫の1940年体制論の見られるように、戦後の体制には総力戦体制に由来するものが多く残ってきた、という指摘はこれまでもあったし、また、政治勢力としても、岸信介のような革新官僚が「保守」政治家として政権を担ってきたことは周知の事実である。しかし、歴史を見るとき、どうしても1945年8月15日の前後で大きな断絶があって、戦後日本の体制の構築には占領軍による改革の影響が大きいものと思いがちである。

 

しかし、本書は、戦中の政治勢力の構図と彼らのその後の動向、そして彼らの主張を追うことによって、占領期の改革が、戦前・戦中から戦後への連続性の中に位置づけられることを明らかにしている。つまり、戦前・戦中から存在した「総力戦体制を支えた国防国家主義+社会国民主義」と「自由主義+反動派」の対立の構図は、戦後も引き続き政治の場で「協同主義」対「自由主義」の形で継続した。そして、前者の考え方は、アメリカのニューディーラー(GHQ民政局を主導)の考え方と近いものであって、占領期にGHQの下で行われたとされる多くの改革も、総力戦体制の流れの中でいずれ実現しえたものであったことが示されるのである。(なお、世で多く信じられている、『「戦前の専制主義・封建性」対「戦後の自由主義」』、「占領と改革による日本の成功」という思い込みは連合国の作り上げた言語空間であったと本書は主張する)。

 

この「協同主義」対「自由主義」の構図は、西欧では、「社会民主主義」政党と「自由主義」政党の対立の形で議会制において顕在化しているものであるが、日本では、これが、米国による国際秩序等の影響もあって、55年体制、すなわち「保守」(改憲・親米・安保体制支持)対「革新」(護憲・反米・安保体制反対)の構図に変質した。その結果、自由主義対協同主義の対立軸が顕在化せず、後者が保守長期政権に内包された。このことは、福祉国家あるいは大きな政府が保守政権の下で政策として実現されていったことの上手い説明となっている。

 

このように、本書は、これまで私にはよくわかりにくかった日本の戦後直後の占領期の政治や諸改革を、それ以前の戦前・戦中、そしてそれ以後の55年体制と連続するものとしてとらえており、昭和全体を通じた日本の歴史の理解に非常に役立つものであると思う。 (むろん、本書の語り方自体、雨宮氏の視点による相対的なものであることは前提として認識しなければならないが)。

 

もちろん、本書の意義はそれだけでないだろう。本書で著者が示すとおり、米国は、現在においても、イラクに見られるように、他国の占領と改革を行っているが、それを正当化する実例として、日本でのサクセスストーリーがあるのは間違いない。もちろん、イラクではこれがうまくいっていないことは万人の知るところであって、日本で成功したことについても、日本では占領前にもデモクラシーがあった等、条件がそろっていたことを指摘する米国人も多い。その意味で、しばしば米国で見られる、占領と改革によってその後占領された国は成功するんだという正当化のロジックは無条件では成り立たないことを、本書は示しているといえる。

 

また、日本自身に関しても、かつて「自由主義」と対抗するものとして「協同主義」があったことを本書は「発掘」した。冷戦が終結した後の現在日本での政治空間においても、「自由主義」の対立軸として「協同主義」の可能性があることを、本書は指し示しているのではないだろうか。

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産業の語り方

この文章をたまたま目にした。製造業における「ipodモデル」と「亀山モデル」の対比は言いたいことは分かる。しかし、どうしても気になってしまったのは、

 
   

これまでのエントリでは、iPod問題といっても、「Walkmanを最初に作った国が何故、iPodを最初に事業化できなかったのか、」という視点を中心に据えて議論してきました。これに対して、今回ご紹介したのは、「我が国は何故、垂直統合モデルに強くこだわり続けるのか。iPodのようなオープンなビジネスモデルは成立し得ないのか。」。もっと単純に言えば、「今後我が国企業が追求すべきは、亀山モデルか、iPodモデルか、いずれなのだろうか。」という論点です。

 

のところである。筆者の村上氏は明らかに、「日本」(あるいは日本企業)というカテゴリーを前提において論を進めている。いかにもMETIの人らしい。

 

しかし、どのモデルを採用するかは、個々の企業が判断すべき問題である。それなのに何故、「今後我が国企業が追求すべきは、亀山モデルか、iPodモデルか、いずれなのだろうか。」と言い得るのだろうか?

 

ここで言いたいのは次の2点である。第一は、当の製造業にいない人間、ステークホルダーでない人間(村上氏がどこかの企業の株主だったらごめんなさい)、当該製造業について不十分な情報しか持ち合わせないはずの霞が関の人間が、なぜ「べき論」を展開しうるのか、ということだ。

 

第二は、どのモデルを採用するかは、どの企業にも通じる話である。それなのに、なぜ日本企業に限って話をしているのか、ということである(Walkmanを最初に作ったのはソニーという企業であり、日本国ではないはずである)。いわんや、なぜ日本企業一般、あるいは日本という国の話にまでしようとするのか。(もちろん、制度的補完性などがあり、日本にある企業共通の課題がありうる可能性があることは否定はしないが、それはここでは読み取れない)。さらに、根本的なことをいえば、「我が国企業」って何?、ということである。

 

こういった類の語り方は実はマスコミの記事でもネットでもよく見かけるものだ。だが、こういった無意識に出てしまう安易な語り口は、一体何を生むだろうか。当事者たる企業に余計なノイズを生み、過剰な政府の介入を招いているのではないだろうか。

 

現状を分析するのはよいだろう。しかし、そこから先、企業がどのモデルを追求するか、それはまずは情報を持つ当事者たる企業に委ねるべき話である。個々の企業によって追及するモデルは異なってよい。それを「我が国企業は・・・」と第三者が語るべきことではないように思う。

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大阪府知事に橋下徹弁護士が当選

私は大阪府民ではないので、有権者の選択の結果について云々するつもりはない。

 

しかし、もともと政治の経験が全くないこと、出馬について当初200%ないと明言していたのを翻して出馬したことを含め、これまでの発言や行動には様々な疑問が呈せられていること、出馬に対しては冷ややかな声が強かったこと・・・このような人が首都に次ぐ第二の経済圏の中心の都道府県の知事としてこの人が決まってしまう、ということに、正直嘆息せざるをえない。

 

もちろん、今後、橋下氏が知事として素晴らしい業績を残すことだってあるかもしれない。でも、それは誰が当選しても同じことがいえる。また、対抗馬の熊谷氏等に当選してほしかった、ということでもない。私が問題にしたいのは、この人にすれば政治が良くなるという、政治における能力を大多数の選挙民が判断して投票しているのでは全くなく、単にテレビ等で見てよく知っている、親近感がある、というだけで投票しているだろうことである。そして、政党も、そうしたことを見込んで、そうした能力的に「?」のつく人でも出馬させている、ということである。

 

確かに、こうした意味でのタレント候補は昔からいる。その意味で、昔から同じといえば同じだが、個人的な感覚では最近ますますひどくなっている様に思う。大阪は横山ノックに懲りていないのか。もちろん、対抗馬が政治的能力という意味で信頼に足る候補だったのか、という問題もあるが。

 

もう少し、国政なり都道府県知事なりの選挙に出ようという人には、政治家としての研鑽を積ませるような仕組みにはできないものか、それを有権者が時間をかけて吟味するような形にできないものか、とも思うが、こう嘆いてもある意味仕方がないという虚しさも一方で感じる。そのような、テレビで顔を売った人が安易に当選できるということ、それは人々にとって政治(大政治のこと)が自分たちから遠いものとなっている証左であろう。もともと、戦後日本が進みにつれて一般市民と政治の距離が離れているように思うが、特に、近年は、政党と個人を結びつけてきた様々な「仕組み」(それは様々な業界団体であったり労働組合であったりするわけだが)が融解しており、政治とのつながりがほとんどテレビだけになっているわけである。

 

しかし、多くの人々は、テレビでの政治家の議論と、自分たちの生活その他関心がうまく結びつけられていない。毎日毎日のニュースに、刹那的に、条件反射的に、反応しているだけである。選挙民に、結びつける努力が見られないこともある。いつも、何か、幸運が空から降ってくるのを待っているようである。また、結びつける能力も持ち合わせていない、そうした訓練を受けていないこともある。テレビから得られる候補者への親近感が物を言うのである。同時に、政党の方も、そうした状況に対応して、コストと時間をかけて政治家を育成するよりは、安易な候補を立てるというわけである。スパイラルである。

 

こうしたことが繰り返されるのも、みんななんとか暮せている、という安心感がいまだに大半の人の心のどこかにあるからのような気もする。こうして国はむしばまれていくのだろうか。

 

・・・てな愚にもつかぬことを、大阪府知事選の結果を聞きながら、思った次第。

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再びN響(プロムシュテット指揮)

今日は職場を早く出られたので、先週と同じく、NHKホールでブロムシュテット指揮のN響コンサート(19:00開始)に行ってきました。今日の演目は、

・シベリウス/交響詩「4つの伝説」作品22から「トゥオネラの白鳥」
・シベリウス/交響詩「タピオラ」作品112
・シベリウス/交響曲 第2番 ニ長調 作品43

と、シベリウスづくしでした。交響曲第2番目当てでしたけど、やはりCDで聞くよりも、生演奏を聞くほうが感動が深いです。相変わらず、ブロムシュテットは80歳とは思えぬ元気ぶりでしたw

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北斎展@江戸東京博物館

前売りチケットを持っていたので、見に行ってきました。一昨年だったか、上野の国立博物館で北斎展が開催された時に入口まで行ったのですが、入場1時間待ちと聞いて諦めたことがあったので、今回の北斎展を見に行こうと思っていたわけです。とはいえ、非常に楽しみな気持ちであったわけでもなく、早く行かないと終わってしまう(開催は1月27日まで)ので、今日行ったのですが、結果として十分に楽しめました。

北斎はもちろん『富嶽三十六景』をはじめとする浮世絵が有名なわけで、『神奈川沖浪裏』とか『凱風快晴(赤富士)』など有名なものも展示されていたのを目の前で見られたのですが、そればかりでなく、今回の展示では肉筆画や北斎漫画(絵本)なども展示されていました。肉筆画は、同じような構図のものも多かったですが、浮世絵と比べると、やはりきめ細やかで、色遣いも多く、明るい印象を受けました。また、北斎の描いた美人画や、普通?の日本画も展示されていました。当然のことながら上手いのですが、浮世絵の印象があるので意外な一面を知りました。まあ生首の絵にはびっくりしましたが。それと、終りのほうに『北斎漫画』が展示されていましたが、実にいろいろなものがあって、吹き出しそうになってしまうコミカルなものもありました。

北斎の絵で、全体として印象に残ったのは、躍動感です。北斎等の浮世絵が印象派に影響を与えたことは知識としては知っていましたが、当時19世紀前半の西洋画を思い起こして比べると、明るい色遣いに加え、多少デフォルメしつつも、今にも人物等が動き出しそうな、いやすでに動いているようなそんな印象を与えます。最後に展示されていた、北斎漫画(例えば、踊独稽古)は、リアルに動作をつかんでいたように思えました。いや、北斎というのは凄い才能を持っていたのだなあと思いました。ただ、そんな彼も西洋画をかなり勉強していたのですね(展示で初めて知りましたが)。

かなり印象を受けたので、出口を出てすぐのところで売っていた北斎展の公式カタログを2500円出して買ってしまいました。

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久しぶりにN響に

このブログを書くのも1月半ぶりですが(w、それ以上に今日は久しぶりにN響(というかコンサート)@NHKホールを聞きにいきました。今日は、ブロムシュテット指揮で、

・モーツァルト/交響曲 第38番 ニ長調 K.504「プラハ」
・ブルックナー/交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンチック」(ノヴァーク版 1878/80年)

でした。演奏のことを評価する能力は当方にはないんですが、ブルックナーは楽しめました。ブロムシュテットのことはあまり良く知らないのですが、80歳とは思えないほど元気でしたね。結構ネット上での評価もよいようなので、今度CDでも買ってみようか。あと、時期的なものかもしれませんが、観客の咳が多くて気になりましたね。

帰宅後、テレビをつらつら見ていたら、「NHK特集 最強ウイルス第1夜 ドラマ 感染爆発~パンデミックフルー」にはまってしまった。ウイルスの脅威はもちろんですが、むしろ危機への対処の方により関心が惹かれます。ドラマのため、ある意味「最悪シナリオ」を描いていると思われるので、対処も小田原評定っぽく演出されていましたが、それでもいざという時に”超法規的な”対処できるか、という点は重要な論点だろうと思います。むろんそのようなことのないように日頃から準備しておくべきであって、それが最も重要なのでしょうが。

            

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