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夏目漱石展

ブログへの書き込みは久しぶりになってしまいました。10月からずっと風邪をひいて1か月くらい治らず、最近ようやく治ったかなあとおもったら、昨日また鼻水がタラーっと止まらなくなってしまいましたた。かなり寝たこともあって今日はだいたい治まったかといったところ。

それはともかく、江戸東京博物館で開催されていた夏目漱石展の最終日に行ってきました。ちょっと見ておきたいと思っていましたが、最近、今日が最終日だということを知り、慌てて行ってきました。

入場料がこの特別展だけで1100円というのは高いと思いましたが、払って会場へ。最終日の休日ということもあってでしょうか、結構な数の人がいました。

夏目漱石(本名:夏目金之助)について詳しく知っていたわけではありませんが、年表をメモ的に書くと以下のとおり。

1867年(慶応3年)夏目家五男とて生まれる(年齢は明治の年号と同じとなるのでわかりやすい)
第一中学正則科中退→二松学舎→大学予備門(いったん病気で落第)→東京帝国大学
神経衰弱(円覚寺へ)→松山で愛媛県尋常中学校教員、正岡子規と同居。
1896年(明治29年):熊本の第五高等学校教員。鏡子と結婚。
1900年(明治33年)~1903年(明治36年) 文部省から2年間の英国留学を命じられる(英文学)。留学費1800円+年棒300円が支給される。英国留学は船で1900年9月8日~10月28日。留学中に子規が死去。
1903年帰国、東京帝国大学と第一高等学校にて講師。華厳の滝に身を投げた一高生藤村操を、死の3日前に2度予習をしなかったことを叱責。以後、このことを気に病む。このころ千駄木「猫の家」に居住。
1907年 朝日新聞社入社。「虞美人草」を連載。評判になったらしい。
1910年 修善寺の大患。
1916年 漱石山房(旧牛込区)にて死去。四十九歳。

展示を見て気になったポイント。
・大学予備門時代の書き込みや試験(数学)の答案が英語で書かれていた。当時として当たり前だったのだろうが、英語で講義されていたということ。
・第五高等学校での英語の授業内容は結構レベル高いような感じ。Edmond BurkeのReflections on the Revolution in France(フランス革命の省察)を使用していた。
・英国留学時代に購入した英文の書物が多数展示されていた。漱石が書き込みをしている。そのなかにThus spake Zarathustra(ツルツァストラはかく語りき)があり、「多くの書き込みがあり、共感と反発が示されていた」旨の説明あり。
・「虞美人草」に登場(イルミネーション)する東京勧業博覧会は上野の森で開催されていたこと。博覧会は結構な人気だったらしい。
・漱石の写真で最もよく使われるもの(スーツ姿で椅子にすわり、首をやや右に傾け、右手で頭を支えているようなもの)は、明治天皇崩御の際に喪章をつけた時のものであること
・漱石が死ぬ直前の病床の写真が展示されていた。朝日新聞がマグネシウムをたかずに漱石に気づかれないように撮影したもの。当時、写真を撮ると病気が治るの説も信じられていたらしい。

ひとまず。

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