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2007年8月

コミケ・・・orz

別に同人誌に興味はないのだが、気分転換にどこかうろつきたかったのと、見聞を広めるため、いっぺん見ておこうかと思って、コミケ会場の有明の東京ビックサイトに行ってきた。どこかで午前中は混んでいるので初めての人は午後に、という言葉を信じて、16時近くに行ったのが失敗であった。りんかい線の国際展示場駅から歩いたのだが、ほとんど人の流れは逆方向。大量の人々が駅に向かいかえろうとしている。それでも折角なので会場まで行ったのだが、丁度入口に入るか入らないかのところで、終了のアナウンス。拍手が起こっていた。それでもA会場に行ったのだが、まあ皆さん片付けモードでございました・・・。

それでもこれだけ大量の人々がいるとは、予想していたこととはいえ驚き。人の流れを一見するだけで10万単位での入場者があることが分かるし、広い会場がほとんど参加者の机で埋まっているのを見ると、大変な参加があることが分かる。終了時間にいったせいか、コスプレ姿は殆ど見かけなかったが。

とはいえ、雰囲気がつかめたのかどうかすら分からぬ。次は12月なんだろうが、行くかあ??

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映画「選挙」

映画「選挙(Campaign)」を見てきた。川崎市議会議員補欠選挙(平成17年10月)の選挙戦を、一人の候補者(山内和彦氏)に密着して撮影したドキュメンタリー映画である。ベルリン映画祭で大きな反響があったことが報道され、前々から面白うそうだとおもっていたが、東京での上映(渋谷のシアター・イメージフォーラム)が今日(17日)が最終日だというのを昨日知り、あわてて見てきた。

2時間の映画だったが、面白くてずっと飽きなかった。自分は実際に選挙運動にタッチしたことなどこれっぽちもない人間だが、内容(実際の選挙活動)はほとんど予想に違わぬものであった。

冒頭は、夕方暗い中を一人(プラスもうひとり)だけで宮前平駅にポスターと旗をたててマイクで演説するというもの(おそらく公示前)。誰も立ち止まって聞かない。そもそも山内氏は自分の名前(と自民党と小泉総理と「改革」)しか言わない。

はじめのうちは山内氏一人だけが活動する姿だけが映し出されるが、選挙公示が近くなると、次第に組織による選挙戦の様相が強くなる。お決まりの、マイクを使った演説に加え、運動会、ゲートボール大会、支持団体(例:JA)回りなどが映しだされる。この際、地元の国会議員(やまぎわ大志郎衆議院議員)、県会議員(持田)、市会議員(浅野等)が、それこそつきっきりで山内候補をサポートしていたのが印象的。この選挙は補選であり、市会議員が18対18で拮抗する中での選挙戦であるので、これだけの手厚いサポートがあったのだが、それでも代議士がべったり付き添っていたのはある意味驚きであった。もちろん小選挙区制になり、地元との密着度が高まっているという事情はあるのだが。

この補選は、参議院選挙の補選(川口順子元外相が出ていた)、川崎市長選挙と同時に行われたこともあり、有名どころの国会議員も多数選挙応援のために現れる。小泉総理(当時。中選挙区制のときは神奈川二区ということで川崎は地元であった)を初め、荻原健司、橋本聖子、石原伸晃といった国会議員たちが山内氏の応援に出てくる。

それはともかく、選挙戦は選挙カー(「宣車」と呼んでいるようだ)での連呼と街頭での演説(といってもこれも名前の連呼)と握手が基本。とにかく奥さんまで選挙カーに乗せてマイクで名前を連呼しつづける。

こうした表に出てくる部分は、まあわれわれも普段見ているもの。やはりこのドキュメンタリー映画の見所は、表には出てこないような事務所でのリアルな会話や、家族(この場合奥さん)や友人とのリアルな会話などがそのまま映像に撮られていることであろう。

この映画を書いたネット記事等に書いてあることだが、
・この世界では、奥さんのことは、「妻(wife)」といわず、「家内(housewife)」といったほうがよいこと(この映画をみた外国人には日本の保守性、女性の地位の低さが印象付けられているだろう)
・(演説等で)自分の名前は3秒に一回出てくるようにすべきこと(3秒しか人は他人がいったことが頭に残らないから)。
・(仕事をしている)奥さんが(たぶん選挙事務所の人に)仕事をやめるように言われたこと(選挙は夫婦一体となってフルにやらないといけない、という趣旨だろうと思う)。これに対して奥さんがブチ切れていた。山内候補も「やめる必要はない」。
・あと、握手したあとにその人の顔を必ず見ろ、とか、時間は無駄にするなとか、素人の山内候補に対するプロたちのいろいろな「アドバイス」「知恵」も出てきた。30分早く会場にきたために、事務所の人から山内候補が怒られている場面もあった(本当はもっとたくさんあったのだろうが)。

ベルリン映画祭では、政策内容をほとんど語らない日本の選挙に外国人が驚き、という記事があったかと思う。また、こうした日本の選挙の実態に疑問を投げかける意見もネットで見つかる。しかし、現実問題として、名前を連呼したり、握手をしたり、諸団体を回ったりしたほうが選挙に強い(つまり、そうしたほうが票をとれる)というのが日本の選挙の現実である(少なくともこれまでは)なのだから、それに文句を言っても仕方ないであろう。

それから、事務所で働いていた中年の女性(確か自民党員)が、自分の建物を選挙事務所に貸しているようなのだが、場所が良いので、共産党から貸してくれといわれて貸したところ、あとで党本部を通じて怒られた、というエピソードが出てくる。また、同じく、連立与党である公明党の支持者から、公明党新聞(公明新聞のことだろう)をタダでよい(代金は自分が払う)のでとってくれ、というのもあった。
 あと、今回は補選かつ落下傘の新人候補ということもあり、今回限りということで同じ地盤の市会議員(およびその支持者)からも支援を受けていることも映されていた。選挙ではその時その時の貸し借りがあることが分かる。

こうした話が完全に実名でぽんぽんと出てくる。何をいいたいかというと、思っている以上に選挙活動というのはオープンなのだ、ということである。本当はもっと流せないようなことも話しているはずだし、他の某党ではこんなに開かれているわけは絶対にない、また、(これは憶測だが)地方の選挙は(それこそ実弾が飛び交うような世界で)これほどオープンに第三者に見せられないはずである。とはいえ、それでも、この映画に登場した人たちが、本当に生の発言、活動を見せ、映像に残すことを認めてくれたことは、大変にすばらしいことであると思う。もっとも、あとで本人たちは怒っているかもしれない。特に、山内氏が市会議員を続けなかったから一層その念はあるかもしれない。

とはいえ、結果として、山内候補は1000票差で当選する。(山内15000票強、民主党候補14000票強)。当選が決まったときの、事務所内の関係者のなんとも感動のない、あっさりした様子が逆に印象的であった。声になっていたわけではないが、「あ、とおったの」という感じ。所詮、市会議員の選挙、しかも落下傘候補の選挙なんて、そんなものなのかもしれないが・・・。候補者本人が事務所にやってきてお礼の挨拶をしているのを聞くと、本人と奥さんは心から感動していたように思う(もっとも、万歳三唱のときに、本人と奥さんまで万歳しちゃいけないのでは?TVなどで見る限りは深くお辞儀するんじゃないのかなあ、と思ったりして)。

いずれにせよ、見ておいて良かった映画である。素人である山内氏のキャラクターもあるのだろう、この映画を見た人には山内候補にはなんとなく親しみは持てるという人も多かったのではないだろうか(それと、映画を見れば「山内和彦」という名前はいやでも覚える)。もっとも、彼は今年の統一地方選挙の際には出馬せず、自動的に議員の職を失ったそうだ。

とはいえ、こうした選挙のやり方については、(現実にこれで票がとれてきたとはいえ)違和感を覚える人が多いのも確かだろう。山内候補は当選するが、この補選は例の郵政解散の直後の選挙であり、自民党小泉政権が圧倒的に強かった時期だから、1000票差の勝利は自民党にとっては苦戦だったといえるかもしれないう。新興住宅街が多い地域 であり、自民党を支える固定票が少ない、というのはあるだろうが、それにしても、自民党、あるいは映画で出てきた様々な従来的選挙手法の効果というのが弱 まっていることが示されていたのでは、と思った。もっとも、参院選の結果を知っているから余計そう思うのだろうが。

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参院選挙後雑感(ちょっと遅いけど)

 参議院選挙が終了してほぼ十日経った。実は選挙直後にその結果に関する評価を書こうと思っていたのだが、仕事その他あって書けずにいた。その間、さまざまな人がマスコミ、ネット等で選挙結果について評論している。私の述べたいことのほとんどは、その中ですでに述べられているので、改めて加えるまでもない。機会があったら書くかもしれないが、ここでは選挙後の動きを含めた今後についての感想を述べたい。
 今回の選挙における自公与党の大敗、民主党の躍進・第一党化という結果は、前回の衆議院選挙(いわゆる郵政解散による与党大勝)と同様に、マスコミ、一般国民等々に大きなインパクトを与えたと思うし、今後当面は与え続けるものと思う。それは単にひとつの議員で野党が過半数を占めたということだけではなく、それがおそらく暫くは続く(少なくとも次の参院選のあるまでの3年間は)、その間に衆議院選挙がおこなわれるため、当面は現与党の政策がそのまま通りにくい状況が続く、場合によっては政権交代がある、といことである。戦後のほとんどの間、自民党が政権党の地位にありその意図が通り続けてきた状況が、当面は、かなり変わらざるをえない、ということである。これは、戦後の日本政治史上においてひとつの意義を画するかもしれない。
 そのような選挙結果の影響だけでなく、今回特筆すべきことは、安倍総理が実際に辞任しなかったことであると思う。先日もこのブログで述べたとおり、憲法で内閣総理大臣の指名については衆議院が優位であり、参議院選挙で敗北したからといって総理が辞任する必要はない、というのはひとつの妥当な理屈であり、おかしくはない。また、そのような理屈の上で発言だったのかどうかは知らないが、今回の参議院選挙で与党が敗退しても総理に自民の必要はないという声が、選挙前から与党・内閣関係者から言われていた(もっともそのときの「敗北」といっても、自民党が40強、公明とあわせて50数議席という程度であり、無所属や少数政党を加えれば過半数を維持できる、との見込みのもとでの発言だったのだろう)。
 それでも、今回の選挙結果を見ると、本当に安倍総理が辞任しなかったことは、ある意味で驚きであった。今回の与党の敗北は、予想を上回るものであり(といっても選挙終盤の新聞社の予想では自民党40議席割れ、公明苦戦という結果が出ていたが)、どうみても国民の安倍政権に対する反対の意見表明と見ざるをえないはずである。にもかかわらず、「改革を進めるために責任を果たしていかなければならない」といってやめない人は、どうみてもKYであると外部からは見える。
 総理大臣は孤独であるといわれるし、おそらく内閣総理大臣たるもの誰でも、選挙で一回敗北したからといって続投したいものであろう。その意味で安倍総理が辞めたくないと思うことは人間の感情として不思議ではない(もちろん国のトップの判断として妥当かどうかは別である)。
 しかし、ネット調査等によると、この結果を見て、過半の人々は辞めるべきと思っているようである。実際、以前ならば辞めていたのではないか。
 安倍留任となった理由は与党内の力学の変化である。選挙当日に、森元総理、中川幹事長、青木参議院幹事長の三氏の懇談において、「政権継続は困難」との見解で一致したにもかかわらず、中川幹事長が安倍総理のところにいくと安倍総理から「続投」の意が示されたため、結局、安倍総理が続投にすることになった。
 以前であれば、キングメーカー(たとえば田中角栄、竹下登といったところ)の意向で総理大臣の「辞任」が決まっていたことであろう。今回の安倍続投は今はそのようなキングメーカが完全に過去のものとなったことを示している(確かに森元総理はそのような地位になりたいように見えるのだが、実際には小泉総理時代からピエロを演じているにすぎない)。
 そればかりでなく、対抗勢力、他の政治家等が明らかに弱くなっている。現状を外からみれば、むしろ安倍おろしを起こしたほうが得点が稼げるように思われる。実際、二、三日前の自民党代議士会では中谷元議員、小坂憲次議員が安倍総理の面前で辞任すべき旨発言したようであるし、地方組織等でも声もあがっているようだが、が、現時点では力のない少数派にすぎず、本格的な倒閣運動にいたるような勢いは、少なくとも報道を見る限り感じられない。。
 結局、総理総裁がやるといえば辞めなくてよいということである。ここまでの居座りが可能となるほど、日本政治での総理・総裁というものの力が強くなったのだなあと感慨深い。日本の民間企業はトップの力が非常に強いといわれるが、政党もそのようになったかという印象である。
 もちろん、これは、小選挙区制導入等の政治改革等の結果、派閥が弱体化し、さらにそれを十二分に活用した小泉政治のひとつの帰結である。「派閥政治の弊害」がこれまで長年言われてきたが、小泉政権下では弱体化が進み、ついには選挙で大敗を喫した党首をおろすことができないほどになったのだともいえる(もちろん、今の自民党にとっては派閥が弱体化したことのほうが弊害といわざるをえないだろうが)。
 今回の安倍総理の続投は、直接には、総理の判断力の悪さ、よい助言者の欠如の結果ではある。総理としては、来年の日本がホストするG8サミットで、地球環境問題等で成果を挙げ、歴史に名を残したい、という強い欲望でもあるのだろうかとも思う。いずれにせよ、今回、安倍総理が辞めないことは、「政権にいるためには何でもありあり党」である自民党の性格が弱まってきていることを示すと同時に、仮に政権の座が危うくなろうとも自分が重要であるアジェンダをあくまで通そうとする、これまでにあまり見られなかった性格(これは現時点では政治の傾向というよりは安倍政権の性格といったほうがよいのかもしれないが)が示されているように思う。

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