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書評:加藤陽子「満州事変から日中戦争へ」岩波新書

 本書は、岩波新書「シリーズ日本近現代史全十巻」の5冊目に当たる。昨日は盧溝橋事件発生70周年だったそうだが、これにあわせるかのように、先月刊行された。

 個人的には近現代史に興味を持っているものの専門家でもないし歴史に詳しい人間でもないが、本書は理解に大変役に立った。とはいえ、本書の内容は盛り沢山であり、その内容を整理し評価するとなると、なかなかに難しい本である。いや、いまだに評者の頭の中では十分に整理されているとはいえないのだが、とりあえず書いてみよう。

 本書のキーワードの一つは、「復仇」(相手国が条約に違反する行為をなした場合などに、その行為を中止させるため、相手国の貨物・船舶の抑留、領土の一部占領など、強力行使に訴えることをいい、法律上違法とはされない)」であろう。著者は、日中戦争を日本と中国の双方にとっての復仇(あるいは報償)であると位置づけ、日本では、中国は国際条約を遵守しない国という主張が勢力を得ていたことのべた上で、本書において日本の為政者や国民が、いかなる経緯によって、心から復仇を主張するようになったのかを明らかにしたいと冒頭で述べている。この時代については、周知のとおり、軍の暴走、一元的外交政策の欠如等の問題が戦争の泥沼化を導いた点が指摘されるが、本書はそういった論点には踏み込まずに、人々がどのような考え方が満州事変や日中戦争へとつながる行動に生んでいったかを述べており、この時代の歴史への理解を大いに深めるのに役立つものであった。例えば、本書は、満蒙特殊権益に関する国際法上の正当性についての日本での考え方がどのように満州事変や日中戦争に連なったのか等に焦点を当てているが、日本政府の関係者の多く(陸軍を含め)が、一定の限界があることを多かれ少なかれ認識していたことは興味深く読めた(もっとも、日露戦争の報償として権益を位置づける勢力が強まっていくのであるが)。また、満州事変から日中戦争にいたる経緯を見ても、(これは専門家や歴史に詳しい方々にとっては周知のことなのだろうが)、日本や中国の政府内でも様々な考え方があり、国際連盟脱退や日中間での戦争を支持していない人々も多くいたものの、米国、英国、ソ連等の対応を含めた国際情勢の変化とも絡み合い、結果としてそのような事態に至った点もよく分かった。

 このように、復仇という点から描こうとする問題意識が本書を通じて基底に流れているとはいえるのだが、これは改めて全体を読み直してはじめてそのように理解できるだけで、一読するだけでは分かりづらかった。通史を描くという本シリーズの制約もあるのだろうが、本文では著者の問題意識があまり前面に出た書き方になっておらず、この問題意識に沿った形で史実の説明や解釈が十分に行われているようには読めなかった。例えば、前述の特殊権益を日露戦争の報償と見、中国の行為を国際法違反とする考え方が浸透してきたことは描かれているが、いったいなぜこのような勢力が増してきたのかという点については、何か背景があるはずだが、本書ではほとんど説明されておらず、評者にはよく分からなかった。

 各章での構成も問題意識に沿った形で必ずしも整理していないことも全体的なトーンを分かりにくくしている。例えば、第一章では、「満州事変の四つの特質」として①相手国の指導者の不在を衝いて起こされたこと、②本来は政治干与を禁止された軍人によって主導されたこと、③国際法との抵触を自覚しつつ、国際法違反であるとの非難を避けるように計画されたこと、④地域概念としての満蒙の意味する内容を絶えず膨張させていったことを挙げる。しかし、例えば、①は、復仇という観点とは無関係のものである。また、④については、これ自体興味深い内容だが、復仇との関連がよく分からなかった。

 評者は、「通史を描く」ことと「日本の為政者や国民による復仇の主張の点から史実を解釈する」ことの両方を、限られた紙幅の中で収めようとすることには無理があったのではないかと想像している。とはいえ、本書によって得られるものは大きい。時間と紙幅を十分にかけて改めてこのテーマについて描いた著者の作品を読みたいと思った。

 なお、pata氏は「個人的に不思議に思ったのは石原莞爾の存在をあまりにも大きく描きすぎているのではないか」と指摘しているが、私も同様の印象を持った。確かに、石原の存在は欠かすことができないが・・・。

 また、本シリーズは「家族や軍隊のあり方、植民地の動きにも目配りしながら、幕末から現在に至る日本の歩みをたどる新しい通史」であるが、著者が「あとがき」で記すように、ここでのポイントとなる「家族」「軍隊」「植民地」のうち、本書は「軍隊」については多く記しているものの、他の2つ、特に「家族」についてはほとんど触れることができていない。本の出来としては不十分といわれても仕方がないだろうが、bk1で表現自由氏がこの点をもって本書に低い評価を下していることについては、本書の内容を無視した評価であり、フェアとはいえないのではないだろうか。

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