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bk1での書評

実は、管理人は「烟霞(えんか)」の名で2003年にbk1に書評を何本か書いています。

吉崎達彦「アメリカの論理」
http://www.bk1.co.jp/product/2309826/review/201965
東浩紀・大澤真幸「自由を考える」
http://www.bk1.co.jp/product/2316114/review/204424
岩井克人「会社はこれからどうなるのか」
http://www.bk1.co.jp/product/2292140/review/206264

本サイトの名前も、この時に使った名前から来ています。「烟(えん)」は「煙(えん)」と同じで、けむりのこと。本ブログの名称は、単純にタイプしやすさから「煙霞余録」としましたが、上記の書評をしたときと名称を統一するため、本日より「烟霞余録」に変更することにします。

【追記】

上掲の書評は、4年前に書いた文章なので、今読むと恥ずかしい部分が多いですw。

一点付け加えたいのは、これらのうち、岩井本につけた★4つの評価は書いた当時から甘かったかなあと思っていたことです(少なくとも吉崎本、東/大澤本に★4つをつけるのであればもう少し低い評価であるべきでした)。他の評者を見ると、bk1でもamazonでも★5つをつけている人が多い等高評価が目立ちますが、分かりやすく、通俗的な理解をしている人には刺激を与える内容もあるので、そのような高い評価をつける人が多いのも頷けます。ある意味面白い本ではあるのは確かなのですが、当時から気になっていたのは、書かれているものが岩井先生の頭の中で作られた単純化されたモデルに留まっていて、現実の企業とそれを取り巻く環境を反映しているもののなのか、またそこで描かれた仮説が現実に当てはまるものなのかが書かれておらず、実証性に欠くことでした(この点は、書評でも触れてはあります)。そして、結論が、組織特殊的な人的資産を持つ法人実在説的な企業(そこでイメージするのはこれまでの日本型企業である)が肯定されたこともあり、なにやら日本型企業とそこに生きる人々に媚びた本であるという印象は拭えませんでした。ただし、当時席巻していた株主至上主義的な発想の緩衝材としては良いと思ったこともあり、★4つの評価を与えたのだろうと思います(他の評者もその点で本書に高い評価を与えたのかもしれません)。今、思うと、私自身も、若干の媚があったように思います。この点、田中・野口・若田部「エコノミスト・ミシュラン」やbewaadさんなどの本書に関する評価は的確ですね。

なお、私の書いた文章は、今読むと、紋切り型の理解や用語の使い方等から逃れられていません(恥w。今ならこのような文章は書きませんが、4年前は少なくとも今よりもかなり未熟だったということでしょう。

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